組織内サイロから組織内透明性へ
要約
チームを分けると情報のサイロ化が進み、意思決定に支障が起きがちです。
そうした場に透明性を再度もたらすには、ドキュメント作成のルールと、重要な意思決定をする会議のルールが必要です。
サイロはどこから来るのか?
イギリスの人類学者である Robin Dumbar の説によると、群れを作る動物が快適だと感じる群れの個体数は、その動物の大脳新皮質の大きさに依存します。 この数はダンバー数と呼ばれ、人間においては約150人だとされています。 また、その中でもより小さな50人ほどの集団と強く結びつく傾向があるそうです [7-1]。 これが部族の大きさを決める法則だと考えられます。 会社で働いたことのある人であれば、組織構成図において似たような上限が描かれていることを知っているでしょう。 サイロとは、そうした組織階層を作ることの延長上に自然と現れるのです。 人を専門性で分けようとするときにもサイロは現れ、その区分における部族的知識が生まれるのです。
サイロがあれば、各サイロ内の意思統一をそれほど気にかける必要はありません。 小さなグループでは、コミュニケーションも許可を得ることも簡単になるのです。 それぞれのグループに誰が属するかを決めれば説明責任も簡単になります。 例えば、セキュリティに問題があれば、それはセキュリティグループの責任だ、と言えるようになるのです。
サイロの何が悪いのか?
サイロ同士でコミュニケーションをとることが難しくなり、組織内で問題が連鎖することは多くの読者が想像しているでしょう。 壁を超えたコミュニケーションの心理的な影響は、超えずに済む場合と決して同じではないのです。 あなたが作ってしまったバグによって、個人的なつながりもある顧客担当者からの通話が荒ぶるのを聞けば、物事を正しく理解することの重要さがわかるでしょう。
事業の統合や買収が進む現代では、サイロはチーム同士のコミュニケーションの大きな障害となります。 その障害とは、あらゆる承認を得ることを泥沼化させる生産性への大ダメージであり、川上のサイロに閉ざされた部族内知識を得ようと上流へ泳ぐようなものです。 巨大企業では、承認を得るための道筋がジャングルのように入り組んでおり、その図示を試みることがあります。 しかし、図を描いている間にツルが伸び続けるため、負け戦であることは確定しています。
コミュニティの力を得るための透明性
ここまでの記述で、コーディングには様々な面で透明性が欲しいと想像できたのではないでしょうか。 これは科学と学術でも同様で、厳密さのための核となる考え方なのです [7-2]。 そして、学術で透明性が働くのと同様に企業でも機能すると私たちは確信しています。 透明性はコラボレーションを改善し、プロジェクトを脱線から軌道修正できる力を全ての社員に与えるのです。
世の中のビジネス事例で、顧客とのコミュニケーションに透明性があることの価値を学んだケースは多いことでしょう。 Facebook、Twitter などのソーシャルメディアによって、顧客は公共の場で問題を解決できる力を得ました。 企業は、問題を効率的に解決する姿を見せることによって、顧客の信頼を得ることができるようになったのです [7-3]。
意思決定を加速する透明性
多くの組織では、複数のチームをまたぐ意思決定へ関与できないことに大きく悩まされています。 そうした社員は「中で何が起きているかわからないから判断できない」と言うでしょう。 本書がインナーソースの文化として提唱している明文化とオープンな会議は、この問題を解決するための長い道を進むでしょう。 社員が意思決定に関与するには、ドキュメントとしての情報、情報への到達、そして情報を閲覧する許可というインナーソースの文化の3種が必要なのです。
サイロを壊す方法
サイロによる問題がコミュニケーションの阻害と部族的知識の非公開だとすれば、その解決策はオープンなコミュニケーション方法を確立し、ドキュメンテーションを見つけられるようにすることです。
これまでの章で述べたように、そのどちらも同じプロセスで実現できます。 インナーソースへの道はサイロを壊す道と同じであり、以下に示すものです。
ソフトウェアやチームへの期待と要求を記すドキュメントの作成に責任を持つ役割を定める。この役割は、ドキュメントに記された変更の影響を受ける人々に働きかける必要がある。
ソフトウェアの統合を計画する段階において、その計画を明文化し、計画の議論に関係者をできるだけ呼ぶためのプロセスを作る。
議論の場と連絡網は決まったものを用いることを義務付ける。
そうしたコミュニケーションを会社の誰もが閲覧できるようにする。
議論の結果を発見可能な場に残す。
新しい役割が増え、他のメンバーも会議やオンラインでの議論へ関わるようになります。 これにより、プロジェクトの進行が遅くなるというコスト増の可能性があります。 ですが、そのコストに対するメリットは早くやってきます。
ドキュメントの検索可能性は透明性の一部
現代人は、欲しい情報を検索することに慣れています。 メールも検索すればよくなったので、時間をかけてフォルダに振り分ける方法は過去のものになりつつあります。 一方、企業で必要なドキュメントを探すことは宝探しのようです。 これに対する私達の目標はドキュメントを作る方法を改善することですが、改善するのは書き方ではなく検索可能性です。 ドキュメントの検索可能性とは透明性の一部なのです。
ドキュメントがアクセス可能であり理解しやすい場所に置かれていることは、透明性とコラボレーションにとって重要なことです。 ドキュメントの作成は優先度が低く、熱意を持って取り組む人は少ないものですが、学習曲線が劇的に短縮し、コラボレーションを容易にし、誤解を防止できます。 そして、インナーソースが適切に実施された副次的な結果として、広範かつ検索可能性の高いドキュメントが得られます。
企業がインナーソースを目指す過程で、コミュニケーションの追加という時間的コストが発生します。 しかし、早い段階からパッシブドキュメンテーションというプロセスを整備して、その追加されたコミュニケーションを残すことができれば、その記録(ドキュメント)は未来を加速させる財産になるでしょう。 うまくいったこと、いなかったことからの学びは組織にとって常に有用なものですが、そのために努力する企業は少ないものです。 情報を残さないことは責任の恐れによる場合があります。 ただ、社内に公開された場所で何らかの会話がなされれば、おのずと社員はその影響に気づき、より質の高い会話が残されてゆくでしょう。
パッシブドキュメンテーションの実現方法を社内のあらゆる職種や部署で検討しましょう。 方法は、開発者が使う GitHub, メーリングリスト、Slack だけではありません。 パッシブドキュメンテーションによって、書いた当事者以外が知識を必要としたときに得やすくなります。 また、パッシブドキュメンテーションに対する質問や感想といったフィードバックは素早く伝わり、適切な回答も得られます。 Slack に代表されるサイロを超えられるコミュニケーションツールは、コラボレーションの加速に大きな価値があるものです。
類するドキュメントは既に社内に断片的に存在していることでしょう。 インナーソースコモンズにいるメンバーの多くは、複数の部署やツールに対応した大きな検索方法を求めています。 しかしながら、検索して見つけた情報から何が起きていて誰の意志によるものかはわかっても、その内容を変更したり議論に加わることは検索ツールではできないのです。 その情報を作るのに使われたツールを開く必要があります。 その点、Slack は議論の推進と記録の両方に長けていることを多くの企業で証明しています。
また、コラボレーションを創出する優先度が高いことを経営レベルで判断することも重要です。 インナーソースへの移行に伴い、コミュニケーションコストは一時的に上昇します。 これはどの企業の移行でも共通することです。 しかし、早期にチーム間でコラボレーションすることは大きな利益を生みます。 部署の統合や買収した企業の統合にかかるコストは億単位であり、統合の頻度は度重なるものです。 本節で述べたドキュメントの検索可能性を高める活動に取り組むことによって統合も促進され、さらなる統合や買収が可能となります。
さらに、どこの透明性を向上させるのか?
インナーソースを実践している我々は、コードの透明性については GitHub の活用によってクリアしています。 計画とコミュニケーションの透明性を高める活動についても始めています。 それでも、まだやれることがあるのです。
多くの場合、ツールそのものが部署間の透明性を妨げています。 ユーザー単位で費用が決まる商用ツールでは、全社員にアカウントを発行することが財務的に難しくなるからです。 この解決策として、現代のツールが API を備えていることに着目して、Zapier や IFTTT を用いて、当該ツールのアカウントを持っていない社員もツールから情報を得たり書き込んだりできるようにする方法が挙げられます。
透明性を広げる限界、あるいは落とし穴はあるのか?
営利企業では透明性に厳しい限界があり、オープンソース組織との大きな相違点です。 特に、上場企業、多数の政府との法的遵守を考慮する必要のある多国籍企業では顕著です。 もう1つの落とし穴と言える点はリモートアクセスの管理であり、これも規制が大きく影響しています。 透明性のためのソリューションを検討する際には、技術面だけでなく、これらの問題を考慮する必要があります [7-4]。
オープンソース組織に対して、世界に情報公開する仕組みや支援を期待する企業がいます。 しかし、インサイダー取引に接触しないように情報公開するには、企業自身の努力が必要です。
とはいえ、失われた部族的知識を取り戻そうとする動きは、生産性と社員のモラルを高めるインナーソースによって加速されており、前述の限界や落とし穴があるとしても投資価値ありと確信する企業が増えています。
過剰な情報が生まれ、コミュニケーションも過剰になるのではないか?という落とし穴も考えられます。 これに対しては検索が重要になります。 情報を必要とする人に対して情報を持つ人が継続的に更新を通知するというプッシュ型よりも、必要なときに必要な情報を検索できるというプル型に企業文化を移行させるべき、というのが著者らの意見です。
7章の参考文献と注釈
[7-1] Ipsita Priyadarshini, “All you want to know about Dunbar’s number”, visiontemenos.com.
(訳注) ダンバー数については、"友達の数は何人? - ダンバー数とつながりの進化心理学" (2011, インターシフト) という邦訳書があります。
[7-4] (訳注) 例えば、外為法による輸出規制はグローバルなソフトウェア開発体制に影響します。
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