訳者あとがき
アリストテレスの言葉とされる「全体は部分の和より大なり(The whole is greater than the sum of the parts.)」に初めて出会ったきっかけは、ソフトウェア工学の名著であるピープルウェアでした。 その言葉は、大きな会社でソフトウェア工学技術の向上を担っていた私にとても刺さるものでした。 組織のどこを見ても、全体が部分の和より小さく感じられたからです。 皆、せっかく同じ会社にいるのに、こんなに協働がうまくできていないのは勿体ない!と常々思っていました。
以降の私は、特定のプロセスや特定の職種に焦点を当てた技術ではなく、ソフトウェアライフサイクルの全体を広く支える技術に着目するようになりました。 より具体的に言えば、バックログ、リポジトリ、自動テスト、ビジネスチャット、共同編集によるドキュメンテーションが代表的なものです。 加えて、そうした情報を社員の誰もが検索できる透明性と、みんなが使うものはみんなで作るという協働も重視していました。 2016年当時の私はインナーソースという言葉を知らなかったのですが、今思えばインナーソースを志向していました。
そして、それがうまくいく仕組みは企業レベルで設計する必要があると考えるようになりました。 例えば、製品同士の親和性による共通ソフトウェアコンポーネントの需要、担当製品と所属部署を超えた協働に対する管理会計、情報システム部門と人事部門の理解、外為法に基づく輸出管理と列挙すれば、インナーソースの実現が純粋なソフトウェア工学に収まらない領域であることを直感できるでしょう。 訳者の7名は皆、そうした歯がゆい経験を重ねており、翻訳のモチベーションになっているようです。
本書は、実質的に "インナーソース入門" に続く入門書であるとみなせます。 "インナーソース入門" では、オープンソースの原則と、PayPal がインナーソースを始めた経緯が記されています。 対して、本書では、インナーソースとは何か?なぜインナーソースなのか?PayPal で工夫したことは何か?が記されています。 これらの薄い本を読めば、少なくとも1社における企業レベルのストーリーを理解できるでしょう。
日本でインナーソースはまだまだ無名だと思いますが、その内容に共感するエンジニアとマネージャーは多くいると確信しています。 本書をきっかけに、ソフトウェア開発における透明性と協働の文化に興味を持ち、挑戦する人が増えることを願います。
金子昌永 (masskaneko), 2023年6月20日
訳者一覧 (GitHub アカウント名)
masskaneko (監訳, 2章, 7章)
ystk (1章, 8章)
yuhattor (3章)
bory-kb (4章)
mura-mi (5章)
shrimp78 (6章)
hiromotai7 (9章)
最終更新